2022年7月28日木曜日

世界で一つだけのハンカチ


地元、四天王寺小学校に藍染めを教えに行って
早三年目。

コロナ禍以前はあだちで行っていたので、
それも含めて五年目だろうか。

夏休み期間の藍染めは、市が主催のイベントで
数回行っているので記憶が曖昧なのだが、
多分そんなものだろう。

今年もそんな季節がやって来た。


子供達に教えていて何が楽しいかというと、
それは純粋な心の表現。

これを言ったら子供達はきっと驚くだろうな
というポイントがいくつかある。

その都度、
声を発する子、目を大きく見開く子、
手を使う子、体全体で驚く子、

それに共鳴し、僕の心もピュアになっていく。


作業中は子供達の顔が映っているので
写真は省きますが、

絞り、藍染め経て、今年は自ら絞りを解き、
洗ってから感想交流・質問までを行えました。

〜みんなが染めた藍の表情〜

今年もまた、
世界に一つだけのハンカチが生まれました。


手伝ってくれた生徒達、
そして何より何度もうちに足を運び、熱心に
藍染め体験を成功に導いた先生方に感謝致します。



また来年も、沢山の笑顔の花を咲かせたいと思う。





2022年7月14日木曜日

十一年の時を経て


R4 7/12-13

下平清人先生の図録撮影のため、
栃木県那須塩原にある先生の工房へお伺いした。

大阪から電車と新幹線を乗り継ぎ五時間半ほど。

修行の時に二度三度、
父親の三回忌等で往復はしているが、
胸の高鳴りをこの日初めて聞いた様に感じる。



およそ十一年の時を経て足を踏み入れました。

生憎の雨模様とはいえ、
7月とは思えない気温と空気感、
そして眼前に広がる緑の開放感に
大阪との距離を感じた。

修行の時はあの部屋で過ごし、
夜風に吹かれながら缶ビールを片手に
タバコに火をつけるのが毎日の楽しみだったなと、
想いにふける。

先生は相変わらず忙しい方で、
そんな想いも刹那、
すぐに仕事に取り掛かる声が響く。

軽く撮影の打合せを終えると、
懐かしくもあの時の厳しい表情がそこにある。






呉(ご)汁、糊、ラッカー、生地、灯油..etc
様々な道具の匂いが混じり合い、
自分を冴えさせる。

生地の上を行き来する刷毛の音が何とも心地良く、
そっと目を閉じた。

僕にとってそれは、どんな音よりも贅沢だ。

最後の引き方で音色が変わるので、
ゆっくりと目を開け、生地の色を見た。
そこには音色通りの色が結果として現れている。

僕も堪らずそのリズムを刻みたくなったが、
今日は撮影班だと自分に言い聞かし、
ぐっと我慢した。

きっと僕が
「やらせて下さい!」
と言えば先生は、クチャッと顔を緩ませ、
「なんだい、君もやりたいのかね。」
と、刷毛を渡して下さったと思う。








十一年前には何も感じなかった物や、色や、音が、
僕の肩を叩き、呼び掛けてくれる。

使い込まれた道具、匂いが染みついた壁、柱、
糊を吸った板場、汗と染料にまみれた足元の土。

その全てが美しく、鼓動している。

右も左も分からないまま修行に出、
染物が好きになり、民藝の心を知り、
そして呉服が大好きになった。

十一年なんて修行の時と比べると
あっという間だった気がする。

それだけ先生に厳しく厳しく育て上げて頂いた。

「帰れ!」
「戻って来るな!」
と何度言われた事か。

それでも毎朝、畑を耕し、季が来れば
一緒に筍を掘った。

その背中と染物をしている背中の矛盾が
先生の人間としての魅力なんだと思う。


一度、先生からとびきりのご褒美を頂いた。


「君なら芹沢の所で働けたかもしれないね。」


二十三年間の先生の労の欠片を知っている。
先生のそれと自分とを少しでも重ねて下さった。


「いえ、とんでもないです。」
と返し、心で泣いたのを覚えています。


物を見る目、音を聞く力、匂いの質、
時に舌。


下平清人先生の魂はしっかり僕が受け継いでいる。
そう感じる旅になりました。



〜 fin 〜










2022年6月14日火曜日

色の温度

 

眼鏡をかけだして早一週間が経ちました。

だんだん我が眼鏡に愛着が湧き、
眼鏡の誕生や歴史に触れたくなったり、
昔から変わらぬ形にデザインと機能性の終着点
なのかと思いにふけっております。

最初の数日間は視界がふらつき
5分〜10分かけているのがやっとでしたが、
ここ最近は外出時以外は常にかけていても
違和感がさほどなくなって来ました。


ただ一点を除いては…


それは、


「色の温度」


やはりというか最初からあった
違和感の正体がこれで判明しました。

いつものように室内の模様替えをしようと
過去の染め物をガサゴソ触っている時、
???
が頭の中を通り過ぎた。

これまでも1〜2ヶ月間で模様替えをしていたのに感じた事が無かった違和感。
それは眼鏡をかけだした時と一緒の違和感。


そう、色の深さや暖かみがレンズを通して見たら違うのです。

裸眼の方が深く暖かく、
眼鏡をかけている時がさらっとしている感じ。

これに気付いてからは物を見る時は眼鏡を
外すように心掛けています。


さて、

これは僕だけなのか?


眼鏡愛好家の諸先輩方はいかがでしょうか?


人は気付かぬうちに
“何か"を得れば“何”かを失っているのかも知れない



信じるか信じないかは貴方次第です!
☝︎
(一度言ってみたかったw)










2022年5月29日日曜日

2022~新たな挑戦者~

 

2017年から生徒がチャレンジを始めてはや6年目。

〜師が委員を務める「栃木県美術作家連盟展」〜

7年程前に会員推奨を頂き、その翌年からのスタートだと記憶しています。

四季を問わず頭の片隅に常にその目標を置き、時が近づけば少しずつ形へと写し出す。


形に悩み、配置に悩み、色に悩み、自分に迷う。


その心持ちは年賀状制作と似た感がありますが、異なる点は毎年開催月が違う事、
そして審査の対象という事だろう。

審査の対象とはいえ、僕自身は師に
「いいもの染めたね!」
と言われるのが何よりの一等賞であります。

ただ、やはり生徒には頑張った分のご褒美をあげたい。
だから毎年その時が訪れると檄を飛ばし、厳しい態度も多くなる。

2017年から参加の生徒は御年7◯歳。
本当に毎年よく頑張って下さいます。


そんな県展チャレンジに今年は新たに1名が制作に加わりました。




民藝(みんげい)に興味を持ち、
先の下平清人展に足をお運び下さった事がきっかけで染め教室へ。

歴はまだ1年程と浅いのですが、前職がグラフィックデザイナーとあり
何やら新しい風が吹きそうな予感。

初挑戦にしては過度な課題となりましたが、8日間の工程を経て
無事にやり遂げてくれました。


〜〜〜〜〜〜


ずっと想い、育てた図案を用い、型を彫る。
その図案は型紙が抜けていく度に成長し、いつしか自分の想いが形として誕生する。

糊(のり)を置き、色を挿(さ)す。

限りある絵の具(顔料)の種類に配色の妙が欠け、自分に戸惑う。


〜〜〜〜〜〜


これだけの苦悩の先に誕生する美しい布があります。

技術が至らぬ点や未熟な表情が見えるかも知れませんが、
僕にとっては

"手の際を鉛筆の擦れで真っ黒にし描き上げられた図案"
"リズムよく活き活きと彫り進められた型紙の線"
"緊張の連続の中にある糊置き、その空気"

そして地色を染める刷毛のとてつもない重み。

それら様々な工程を経て辿り着く先。
その美しい布の裏にはこれだけ多くの汗があります。
人の想いと人の労をたくさん吸い摂った布。

それはやはり素直で美しいんですよね。



今年も生徒が美しい布を生み出してくれた事に感謝致します。



〜 了 〜