紅・藍・黄・緑・紫・茶、、、そして墨。
全ての色が弾み、瑞々しく見えるのは、日本の四季の恩恵だろう。
人の目による違いはある。
だけど、僕の目にはそう映り、少なからずそれを自分の美へと吸収する事への恥じらいは全く無い。
いわば「春」。
感じずに、目をやらずに過ごすには勿体無さすぎる。
日本に生まれた以上、紅の鮮やかさを愛で、黄の優しさに微笑み、緑の深さに自然の偉大さを感じる。
こんな事を述べているが、いつから自分がそうなったのかは知らない。
きっと、呉服屋に入ってから自然と覚えた感性なのだろう。
でも、今は素晴らしいモノを身に付けたと思っている。
しんどく、しんどい、、助けたく、助けたい、、長く、長い、、しんどい事もある。
だけど、今はこの感性を育ててくれた「何か」に感謝するべき時だと思う。
ずっとずっと、「色」が美しいと思える自分でありたい。
そうでありたい。
そんな感性でありたい。
誰かに育てらたアングルでは無く、自分だけのアングルで撮りました。
今の僕の実力です。
ただ、率直に、僕を支えてくれた人、応援してくれている人、家族には是非見て欲しい。
気持ちを、少しでも美しい写真でお返ししたいと思う。
そんな気持ちで撮っています。
その空間を機械で切り取れる以上、自分の行いなんて本当にちっぽけだ。
嫌にもなってくる。
想像だにしない表現を、より一層自分のモノとして引き出してくれる。
でも、機械の性能以上に、自分の可能性をいつかは見出したい。
いつかは…
「確かな事を語れる脳を自分の知識に」
今日は良きセミナーに、良き人たちに出会えました。
それは不確かな事では無く、確固たる知識の中で語られる言葉でした。
重みがありました。
日常に感じる自分の知識の無さ=経験。
写真を撮る中での違和感とは別の、呉服業を営む中での「自信」に繋がるヒントを得た気がします。
有難う御座いました。
平成二十七年四月二日
〜 撮影・京都町屋にて 〜
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