2014年12月31日水曜日

TORZITE



ようやく欲しいものを一つ手に入れた。

今年一年を駆け抜けた自分へのご褒美。

言い訳を述べるつもりは無いが、発表から登場まで、本当に僕にとっては羨望の一品であった。

それは来年への目標、僕の場合は生き甲斐を保つ事を意味する。


トルザイトリング。

従来のガイドに比べて薄く、強く、軽いと言う。

もちろんそれだけ高価な物ではあるが、後の定番となるのは目に見えている。

ならば企業努力が成され、流通が安定し、価格が抑えられるまで待てばいいのだが自分の性格上それは無理である。

手に取って見てみると、従来のガイドと見比べる必要もないほどソレだと分かる。

薄くなっている分ガイドの内径が明らかに広い。

本来、長物が好きではあるが、それを差し引いても、小さく、軽くなっているならばロングロッドの方がその恩恵を受けられるであろう。

購入したのは9フィート台のライトゲームロッド。

バランスはお世辞にも全く先重りがしないとは言い難い。

210gのリール+鯛ラバのタングステンヘッド45gをテープで巻いて乗せてみたが、もう少しと言ったところ。

番手を一つ上げるか、最低ダブルハンドルに変えて重みを乗せるしか無さそうだ。

それを振り抜け感がどう補ってくれるのだろう。


どんなキャストフィールが待っているのか今から非常に楽しみである。







それでは、皆様良いお年を。





2014年12月26日金曜日

母と姉へ



母と姉が知的障害者の地域移行を目指して早5年目になるだろうか。

こんなに素敵なXmas会が今年開催できるとは思いもよらなかった。

少なくとも2年前までは。

日中の無認可作業所から開所し、同時にグループホームも立ち上げた。

利用者さん一名からのスタート。小さな美容室後の店舗を、不動産屋さん、地域の住民の皆様の了承を得てお借りした。

国から定められた人数に達しない少人数の無認可作業所では認可がおりず、当然、補助金もなく、家賃、光熱費等は母と姉、そして家族と呼べるスタッフの内職でまかなっていた。

朝から夕方まで利用者さんと一緒に内職をし、そのまま泊まりで一夜を過ごす。

そしてまた一緒に内職をする。

資金を養うために姉は泊まりでない日はパートに出た。

呉服屋を終えれば僕もそのローテーションに入り、なんとか持ちこたえた。

どこに向かえばいいのかも分からず、ただ走りきる、明かりの見えない暗いトンネルのようだった。

普通に考えれば、いくら好きな事でも体、特に脳に歪みがくるはずだ。



「なんでやってるんだろう?なぜ?どうして?」



自問自答の繰り返しである。自身の生活の困窮の原因が、仕事であっていいはずがない。

しかし、仕事と捉えるのか、やりがいと捉えるのか、使命だと捉えるのかは自分次第である。

少なくとも僕は、世間で言われる「立派なお仕事ですね的思考」に対する母と姉の返答で、胸を張っている姿を未だ見た事がない。

そこに心の豊かさをみつける。そこに希望が見出せる。情熱がみつかる。

こんな二人を見ていると、困っている人がいたら自然に手を差し伸べ、誰かが悩んでいたらそっと耳を傾ける人でありたいと思う。

そんな背中でずっといてほしい。

有難い事に、同志、仲間、家族と呼べる方々も増えた。まさに類は友を呼ぶ。

ならば、やはり母と姉には愛情と呼べる仕事を全うして欲しいと願うばかりである。

地域に出た以上、関わる地域住民の方々、その背中を見て、触れ、感化される人が一人でもいればその想いは利用者さんへ、つまりは自分たちのやるべき本望なのであろう。

行き詰まり、その人を想い、考え、悩んだ挙句に行き着く先は、やはりいつも神様である。生まれながらに、先天性とは。その理由に行き着くのが悔しい。

いつも道を外しそうになる僕に手を差し伸べたのも母だ。道を外した時に手を引っ張り、戻してくれたのも母だ。



「悔しい。本当に悔しい。」



そう言いながらも、また、姉や仲間とその人の支援に悩みだす母の姿は僕の時と一緒なのであろう。

ならば大丈夫。その先にはきっとまた、笑顔のその人がいるであろう。



「工房おりがみ〜2014Xmas会〜」




















一日遅れで文章を贈ります。

母と姉へ。


~  Merry  Christmas  ~





2014年12月19日金曜日

国家試験



いろんな人種がいて、いろんな風習があり、いろんな文化がある。

それに応じた気候があり、風土があり、空気がある。

それを総称すれば国となるのだろうか。

日本から足を踏み出したことのない僕にとっては、想像もできない世界が広がっているのであろう。

ともあれ、趣味の欠片がソコに突き刺されば興味が湧くというのも理にかなっている。

ただいま頭の中にはドイツという国に生存する魚たちが泳ぎ回っている。



原因はこちら





そういえば、自動車免許以外ろくな資格をもっていない僕だが、旧姓時代にとった今でも大切にしている資格がある。

自分の性格上、大概にしてこんな物はどこかの物置か、あるいは荷物の下敷きと化してしまうのだが、写真を撮るためにすぐに手に取れたあたりにもソレがうかがえる。




「社団法人全日本釣り団体協議会 公認釣りインストラクター」



しかしまじまじと見てみると懐かしい。

想いも蘇る。

面接時に面接官に熱く語ったこと。

発言後に凄く驚かれ、しかし応援していただけた。



「知的障害者の方々に釣りの楽しさを知ってもらいたいから来ました。」



そんな想いだけでチャレンジしたのを思い出す。

今でこそ思えば、当時勤めていた施設の説得へのツールであり、インストラクターという名目だけが必要だったのかもしれない。

自分が誰かを喜ばせられるであろう特技がそれだけだったとも言える。

あれから7年。

全く協議会の活動に参加できていないが、毎年年会費をおさめさせていただき、なんとか破門だけは逃れてきている。

名目上のインストラクター。ペーパードライバー。

でも、当時の熱い想いはやはり蘇る。

自分にしか出来ぬこと。



「いつかは!」



未だ達せずにはいるが、その夢は今も忘れていない。





2014年12月5日金曜日

PEAK ROTARY VISE



こんな発想あるのね。

くるくるするのは一緒だけど、まさか逆とは。

昔からあったのかは知らないけれど、見ずして閃かない自分の発想力の乏しさも痛感するわけであります。

だから驚くわけですね。

いやはやもっと頭を柔らかくしたいもんである。

とりわけ、欲しいものリストに名が一つ刻まれたわけであります。




こちらからご覧になれます







2014年11月30日日曜日

七五三〜閉幕〜






























本日、11月の最終日曜日をもちまして、きもの処あだち平成26年度の七五三全日程を終了致しました。

ご縁があり、あだちという道筋を選んでくださった皆様方。

今年も笑顔に出会いたく、通過儀礼での着物の魔法を伝えたく取り組んで参りました。

袖を通した瞬間に変化する空気感、姿勢、心。

親であれ子であれ、その刹那、凛とした表情になる。

それが時間の経過とともに大きな笑顔へと昇華する。

子供達の笑顔、親の誇らしさ。

手伝いをさせて頂いているだけの身ながら、自分にとっても本当に有意義な時間が流れる。

叶うことなら、利益を小としてでもお手伝いしたい。

いや、その心持ちだけは欠かさず取り組んでいる。

こんな素晴らしい一日を提案できる、唯一の存在が呉服屋という立場なのだから。

今年も多くの笑顔が咲きました。


それが叶ったことをご報告致します。


平成26年 きもの処 あだち 〜七五三閉幕〜





2014年11月27日木曜日

きもの処あだちHPリニューアル



ようやく第一歩を踏み出せました。

呉服屋に入ってから心のどこかにチクッと、もしくは奥歯のさらに奥に引っ掛かっている何かのように。

それでいて、どこかの席へ座れば必ず現れる強大な存在。

彼の名はホームページ。

遠い地の存在であり、前が見えぬ存在でもありました。まさに五里霧中。

昔の人は上手いこと言葉を並べたもんである。

自慢じゃありませんが、それに入る前はメール否、即電話派。非ブログ、嫌SNS。


「なんだそれ?ピコピコピコピコ押しやがって!?要件あるなら電話しな!」的思考。


それが今では商売が大前提にあったとはいえ、毎日のようにブログをピコピコ、F.Bをペコペコ、そしてもう一つのブログまで始める始末。

それも、少しはマシな記事を書き、綺麗な写真を読者の皆様に見ていただきたいと言い出すんだから、余計にタチが悪い。

しかし、それもあって少しは化石な脳の雪解けが見えてきた気もするわけであります。

このタイミングでこそ出来ること、積んできたことが無駄ではなかったことへの証明。


「自分たちで出来るホームページ作りを」


これを念頭に進めて参りました。

それをぐっと手元に引き寄せてくれたのがPR現代様のこの御方(リンクあり)であります。

東京から何度も足を運んでくださり、若輩者へのたゆまぬ指導を行って下さいました。

打ち合わせ中にお客様が来店されれば身を潜め、腰を低く待ってくださり、東京へ帰るという御方を「今日は帰さない!」と引き止める若輩者に優しい眼差しを浴びせてくださったり、「私が二回大阪に来たんだから君たちも二回東京のセミナーに来なさいよ!」と、しらっと脅しをかけてきたり…etc

あだちの担当者様になってからというもの、数々のお世話になっており、また、お嬢共々の成長に深く関わって下さっていると自負しております。

この場をお借りしてというか、僕の場所ですが御礼申し上げます。


神山パイセン、有難う。

そしてこれからも宜しくお願い致します。
*追記…当日、東京には帰しませんが、忘年会開きましょうか?開いてほしいんでしょ?ならLINE下さい。


ということで、一先ず「きもの処 あだち」のホームページが完成しております。

まだまだ見にくい点、重複している場所、充実さに欠ける面もあるかとはおもいますが、今後、自分の成長のように育てていこうと思っております。


「おぎゃ〜。おぎゃ〜。おぎゃ〜。」


そう。彼は昨日の晩に生まれたばかり。彼の名はサブ郎と名付けました。

ユリ香のカタカナという手法を取り、次郎の一文字を与えました。

どうぞ皆様、サブ郎の成長を温かくお見守り下さいませ。



生まれたてのサブ郎の様子はこちらまで。



新生児・サブ郎





2014年11月26日水曜日

DAIKOブランド




寂しいね。

バス釣り雑誌を賑わしていた時代が懐かしい。

表紙をめくればその名を目にし、進めば同じく、終わりもその名が刻まれていた。

憧れの的であるソレには手を出せない、少年たちの強い味方であったと記憶している。

現に、野池で目にする小・中・高校生たちの手元にはそのブランド名が多く刻まれていた。


「DAIKO」


リーズナブルな価格でより良いものを打ち出せる。

それが自社ブランクスの強みであろう。

上位機種は言うに及ばず。


株式会社倒産に伴い、退社したスタッフたちが立ち上げたメーカー。

同じ方針を貫くのが現メージャークラフトだ。

やはり多くの誌面でその名を目にする。企業戦略。

そちらはうまく看板アングラーが根付いているので安心だろうか。

事業展開が広まっているようにもうつるが、元来ロッドメーカーである所以だけは大切にしてほしい。


いずれにせよ、国内の老舗ロッドメーカーがなくなるのは本当に悲しいことだ。

二本、ダイコーのロッドを所有していたが、現在は手放して手元にない。

唯一あるエバーグリーン社のコンバットスティックは大事に飾っておくとしよう。


少年時代に通った野池の匂いを思い出す。










2014年11月25日火曜日

安部内閣総理大臣記者会見




ぜひともご覧いただきたい記事があります。

特に僕と同年代である若手と呼ばれる人種であればこそ。

先日、衆議院が解散した時の安部総理の記者会見。

是も非も関せず。

ここ最近の、いわゆる政治家の方の発言の中では一番心に響いた感を受けました。

国民の信を問う。

偉そうなことを述べれる身でもなく、述べる知識も有り得ないのですが、これだけは断言できます。

僕は日本国民であり有権者である。

ならば自分のフィルターを通してしっかり見聞きし、問いに対して返答すべきである。








記事、映像はこちらからご覧になれます






2014年11月23日日曜日

七五三




平成26年11月23日(日)大安















晴天に恵まれ、健やかなる成長を共に祝えたことを感謝致します。





2014年11月22日土曜日

多謝



みなさま、たくさんの誕生日メッセージをありがとうございました。

昨日の深夜から聞き慣れぬMessengerの着信音に悩まされつつも、時代はやはりFacebookなのかと訳の分からぬことを考えながら眠りについたのを覚えています。

しかしそれを改善しようともしない自分にそれらしさを見出し、日中も聞き慣れぬ音を耳に入れながら過ごしておりました。

今日も一日、自分らしさの忙しさ=自分にしかできぬことと腹に決め、慌ただしく駆け抜けました。

だが、それが良い。

明日もきっと、自分の時間を駆け抜けるのだから。

今日から34歳。特に目立った節目でもなく、特に際立った一日でもありません。

だが、それで良い。

上記の通り、平々凡々に暮らせることが一番の幸せです。

また一年、年を重ねる時間をみなさまと楽しんでいければと思います。

まだまだ伸び盛り。

若輩者ゆえ、どうぞごゆるりとご指導をお願い致します。

次郎

〜 多謝 〜


⭐︎ Special & Thanks ⭐︎








コットンキャンディー



ソルトの世界では釣り人を魅了してやまない色なのだろうか。

淡水ではHMKLさんのアヤヤというカラーと色彩が似ているが、そちらはまた独創的だ。

アピールカラーのように思えて、実はリザーバーや山間部の野池、琵琶湖湖北のような水域に適していると思う。

そう。僕の中ではクリアな水域での実績は抜群である。クリア=リアルカラーという概念を打ち砕いてくれた。


樹々に囲まれた中で聞こえてくる、蝉の鳴声、鳥のさえずり。

プロデュースされている作品たちから言えば、季節的に自分の立ち位置は夏なのである。

やかましくも、騒々しくも、夏の風物詩たち。自分が自然界にお邪魔している立場なのを大いに感じる。

そうならば、陽射しにに負けぬアングラーの想い、そこに聞こえる自然の声、木々の合間を縫って聴こえてくる様々な音が今も耳に残る。


それだけで楽しいではないか。


自然界には類稀なるカラーを結びキャストする。

その最中、空中には確実に異彩を放つ存在がアピールしている。自分が放ったという確認作業も然り。その事実がこれまた楽しいわけである。

僕の経験ではこのカラーの優位性は、BIG(大きさ)< NUMBER(数)。

元気な魚たちが大いに楽しませてくれる。


ブルー、ピンク、イエロー、そこに加味される、フロント、ベリーの色。そしてホログラムパターン、あるいはクリアなのかアバロンなのか。

メーカーによって多種多彩な色で仕掛けてくるのもこのカラーの持ち味だ。

そこが僕にとってはたまらなく楽しいわけです。



「ふむふむ。このメーカーの黄色は鮮やかを抑え、青味を強く意識している。なるほど。どおりでフロントが鰯(いわし)色ではないか。ベリーも弱々しい桃色で、上品で美味しそうだ。」



気分はどこぞの教授か、哲学者きどりである。

人間とは、いや、私とはなんとも贅沢なもので、そこに対しての自分色を足したくなる。

分かりやすくいえば、より色彩豊かにしてみたくなるのだ。

リップを切り、フロントアイに(ホワイト/レッド)のブレードを追加、フックをゴールドに。

トリプルフックに金色はなく、餌釣り用の針、伊勢尼(金)の14号をアシストフックの要領で背負わせてみた。アシストラインに朱色を、根付け糸は水色に。


否ナチュラル。あくまでも色を足すのが目的だ。

この時の頭の中に、きちんと泳ぐかどうかなんて考えは毛頭ない。


これにより、ブレードのカラーパターン、フックのカラーパターンを追加できるというわけだ。

ちなみに、今回の題材はSHIMANOさんのヘビーシンキングミノーである。


もっとヒネリの入った丸セイゴの針ならばブレード効果が×3になるかもしれない、と。

また違う考えが頭をよぎる。


そこにティンセルなんかを巻いちゃえば……むふふ♥


ありゃま。それこそソノ針とソノ装飾物が見当たらないぞ。こりゃイケない。気がのってる内に買いに行かねば。






そうなのである。釣りとは必ず自らが魚を釣り上げる前に、道具に、しいては釣具屋さんに釣り上げられるのが鉄則である。

こんな事を書きながら、商売の良き循環に最終点をもっていく自分も、商売人の端くれだと認識しているワケである。





2014年11月19日水曜日

ララペン150F



夢のあるルアーを購入してみた。

この子の知識は全くなく、第一印象での一目惚れだろうか。

ならば、どうか女性であってほしい。

ひときわ大きな目に吸い寄せられ、輝く瞳にはメーカーロゴが光っていた。

自分と同じイニシャル「J」。

それも、なんとも格好よく図案化されているではないか。

このような片隅に光るセンスの持ち主は、大概にして当たりが常だ。

もちろん、この子のメーカー名ぐらいは知識の中にある。


ショア・オフショアを問わないダイビングペンシル。

狙うは青物御三家、カンパチ・ブリ・ヒラマサ、といったところだろうか。

いや、僕の場合は一度オフショアで遭遇したハンマーヘッドをこの子で狙ってみたい。


順序が逆のような気もするが、手に入れてからこの子のことを知りたくなった。

知識の中の、いやいや、すでに手中に収めているパッケージの名をPCで検索。


面白い。


正確な年齢は定かではないが、どうやらこの子の製作者様は若い御人らしい。

そしてこの子にはサイズアップverのお兄さんかお姉さんがいるみたいだ。

今回はそれらしきモノは見当たらなかったので、不在だったのであろう。


それにしても面白い。

この子のネーミングの由来。

こんな感性は大好きである。


*ここで書くにはあまりにも面白みがなく、本人様の許可も得ていないので伏せておきますが、知りたい方は「ララペン 由来」で検索してみて下さいませ。


より一層、この子と釣りを共にしたくなりました。

泳ぐ姿を動画にて観てしまったので、わくわくが半減。

改めて知りすぎる愚かさを実感。

しかしこの子の重みを竿先で感じ、自らの手で投げたい衝動は抑えきれないのである。


最後に述べますが、僕はこの子を扱えるタックルを持ち合わせておりません。


orz


どこまでも順序が逆な気もしますが、この子を投げたいがためにロッドとリールを新調しようと目論んでおります。

しかし、大阪在住、ショアがメインのこの僕は、青物御三家様がどこで釣れるのかを知り得ません。


orz


それでも投げてみたいこの感情。

いやはや恋と同じく、ルアーの魔力も恐ろしいものである。



ララペン150F   全長150mm 重量43g






2014年11月15日土曜日

TULALA Glissando 77



よもや分かるまいと思っていた。それだけに、彼女の一言には衝撃をうけた。


仮にも十数年、限られた数とはいえ毎年のように釣りを嗜んできた。

淡水、海水、餌、ルアーに限らず、僕のその時の旬であるターゲットを目当てに振り回されてきたはずだ。

彼女の特徴は、釣りをする時間はおよそ5分程度。その後は心地よい潮風をあびながら、さんさんと降り注ぐ太陽光に眩しい表情をみせながら、本人の大好きな読書に興じたり、お菓子を食べたり、あるいは両方を一度に楽しんでいる。

そして僕の言葉で再び竿を手にする。

風向きの変化、日差しの強弱、お菓子の有無、様々ある自然、その変化のつど、彼女に声を掛ける。

およそ5分程度、竿を振る。彼女の時間がきたら、きっちり竿を置く。

今度は寝そべって読書を始めたかと思うと、ついにはそのまま眠りにつく。

そしてまた、僕の言葉で目を覚まし、竿を手にする。

相も変わらず太陽には眩しい表情をみせている。

しかし、この5分の間にかなりの確率で魚に相手をしてもらえるのだから、始末が悪い。

時間が経過せずとも、彼女は一匹釣れたら必ず竿を置く。もう満足。そう言わんばかりに。

こちらからしたら良いのか悪いのか分からなくなってくる。

あれも釣ってほしい。これで釣らせてあげたい。これなら喜ぶはずだ。と、準備段階での欲求、まさしくルンルン気分が淘汰されている気になるからだ。

釣りを始めて十数年とはいえ、年に数回、毎回このような塩梅なので、成長などの言葉とは程遠い。(後にこれが間違いだと気づく。)

未だにノットは組めない、餌はつけない、ルアーも選ばない。

いわゆる初心者、渡されたタックルを手に持ち、指定された場所に投げるだけ。

ロングリーダー(長い仕掛け)以外のキャストは上手くなったもんである。

釣りを始めて、という言葉もおかしいかもしれない。彼女にとってはあくまでも「ついていってる」という思考なのだろう。ならば釣りを「知って」のほうが正しいかもしれない。

だからこそ、彼女との釣行前夜の準備は未だにルンルン気分が維持できている。

僕の釣りの基本は、誰かに釣ってもらうことへの喜びが大きい。

それを理解している上で、そのピュアさを保ってくれているのかもしれない。


釣りと出会って十数年の彼女がはなった一言に衝撃をうける。


よもや分かるまい。そう思い握らせたグリッサンド77。

これまでも数ある名竿と呼ばれるロッドを握らせてきたつもりである。

ハートランド、フェンウィック、インスパイア、テムジン…etc(餌釣り含まない)

いずれも6㌳代のロッドたち。小柄な女性にはちょうど良いレングスだろう。

僕は基本的に岸がメインなため、本来は長いロッドが好みだ。震斬にはじまる長尺は僕専用機である。

しかし、グリッサンド73を手に入れ、興味本位で振らせてみたところ、綺麗に振れているではないか。

未体験の7㌳代を、それも今までより強い(固い)ロッドに関わらず、1投目からしっかり振り抜けている。

思わぬ、いつのまにかの成長である。毎釣行、打つ数は少なくとも、彼女なりに何かを見続けてきたのだろう。

それならば7㌳7㌅も大丈夫だろうと握らせてみたわけである。

というよりも、彼女専用機としてどうだろうとの思惑であった。

横にいるそれには本物を持たせたい、男の性なのであろう。僕の場合はブランドモノのバッグより、釣り具のソレが当てはまる。





「何、これ?」





ロッドを手に、彼女が発した第一声目である。



僕「もしかして分かるの?何か感じる?」


お嬢「…何も感じない…んだけど。」


僕「そだよね。何も感じないってのは重さを感じないってこと?」


お嬢「うん。なんにも持ってないような、変な感じ…。」


僕「凄いね!分かるんだね!」


お嬢「???」



あまりにも嬉しすぎて一人で喜ぶ僕を、訳も分からず見つめるお嬢。

そう。僕もこんなバランスのロッドに初めて出会いました。

つまりは僕は知識としてバランスというモノを知っていたけど、彼女には当然知り得ない知識、「感覚」だったのである。

重要なことと言うより、注目してほしいのはバット部の太さに対しての持ち重り感。圧倒的に人気のあるセパレートではないグリップもバランスを追求した結果なのでしょう。

まぁ先ずこのバット径でここまでのバランスは他には存在しません。

*(全世界のロッドを握ったことのない僕の戯言ですので、一個人の感想としてお聞き下さいw)

振り抜く最中の気持ち良さ、アクションをつける軽快さ、感度も申し分なし。

贅沢な話ですが、釣りを初めて間もない人にこそ持ってもらいたいバランス。きっと良い意味でのクセが変わってきます。

ただし、ツララ史上最もライトとメーカーさんにはありますが(2014年11月現在)、バス用のライトを想像している方はお気をつけ下さいませ。

そこまでライトではなく、琵琶湖岸釣りならネイルシンカー1/16以下を多用されると思いますが、それに4㌅程度のネコリグ等では手に操る感度が届いてきません。

それだけティップがシャキッといていて、ある程度の負荷がないと操る楽しさが低減します。

イメージは秋の湖北で浜からPE0.6+フロロ12lbに9g〜のスティックベイトをスキッピングで巻いてくる釣り。

要するに速いトゥィッチで水面下、上を滑らせたい。

ソルトでは28gのメタルジグは問題なくフルキャストでき、キャパを知るために60gもキャストしましたが、これはちょっと竿が可哀想でした。

というより、本来は40gぐらいからラインシステムを変えなければいけないので、ナンデモロッドとはいえこの辺りの調整はアングラー次第かと。それによって使い心地が変わってくるはずです。

ジグを扱うにはレングスが短く、縦のシャクリより横のシャクリの方が気持ちがよろしいかと。となれば、10g〜のプラグは言うに及ばず。

今夏にシオ(カンパチの子)を三本ほど獲りましたが、ちょうど程よい好敵手でした。

ちなみにリールはSHIMANOさんのレアニウムcl4+C3000HGを装着して持ってもらいました。驚異的な軽さを誇るリール(190g)ですが、この子には少し軽すぎます。

僕はハンドルキャップと諸々にタングステンを入れ、205gにしています。もう少し重さがあってもいいような感じなので、使い手にもよるでしょうが210〜220gぐらいが理想かと。注意点としましては、ハンドルグリップ部にも重りを挿入できますが、こちらは相当変わったバランスになりますので、ご注意を。



「今までの竿の中で一番好き♡」



とは彼女のお言葉。


「Ford Every Stream」


どうやら最高の一本に出会えたようです。

やれやれ、次はいつ釣りに行けることやら。












2014年11月10日月曜日

親と子



「蛙の子は蛙」…子は親に似るもので、凡人の子はやはり凡人であることのたとえ。


少々、ニュアンスが違う。


では、「呉服屋の娘は呉服屋」ではどうだろうか。

照らし合わせたかのようなコーディネートを度々見かける。


お嬢ブログ(リンクあり)


よほどお気に入りなのだろう。自らコーディネート写真を撮ってくれと言ってくるのも珍しいのだが、この子を着るたびに「見て見てオーラ」を自慢げに発してくる。

僕自身、何度もこの着姿は見てきている。

彼女のブログにもある通り、20代前半の誂えといえば、年間を通して300日以上着物で過ごす彼女にとってはもうすでに着倒したはずだ。

しかしまだまだ色褪せないらしい。

帯をチェンジすることによってインパクトを変えられる、着姿の好例とも言えるであろう。

彼女いわく、現代では「着物一枚、帯30本」なのだそうだ。

帯を30本持ちなさい。ではなく、着物とはそれだけのキャパシティーがあり、柔軟に対応してくれるとの意だそうな。






まさしくうまい言葉を作ったもんである。本来の言葉は「着物一枚、帯3本」である。

さらっと数字を10倍にするあたりに、大蛇の牙が見え隠れしているようにも思える。

そういえば、母親である女将もときおりさらっと恐ろしいことを述べる。

女将の場合は必ず笑顔で発言をするので、なお恐ろしい。



「あら?本当に赤字ね。明日からどうしようかしら?うふふ♡」

「あら?どっちかで迷っているなら二枚とも買っちゃえばいいのよ。うふふ♡」

「あら?小物を見にきて下さったの?じゃあこの帯はいかが?うふふ♡」

「あら?旦那様がお家で待ってるの?じゃあ今日は出前ね。うふふ♡」


…etc


あぁ、恐ろしい。

笑顔の裏には間違いなく、大蛇のソレが見えている。

小顔で背丈も小さい、しかし幾分、男勝りな一面もあり、習い事で琵琶をやっているのだが、どこからあの勇ましい声が出てきているのか、いつも疑問に思う。

上記の通りのギャップが女将の魅力。それほど可愛らしい、小さな、大きな女将です。




照らし合わせたかのようなコーディネートを度々見かける。

皆様の目には二人のコーデが全く違うモノに見えるかもしれません。しかし大きな共通点が存在しています。

それは、帯。

手持ちの何十種類もある帯の中で、実は同じ作家が手がけた作品を、これまた同じ日に選んでいたのです。

もちろん、口裏などは合わせずに。

僕の目からしたらこれは相当な確率であり、このようなことが度々起こるのです。


ほにゃらら染めの着物を女将が着ていたら、娘も同じ技法の染めを。

ほにゃらら織りの帯を女将が締めていたら、娘も同じ技法の織りを。

ほにゃらら先生の帯締めを女将がしていたら、娘も同じほにゃららな帯締めを。



女将「あら?今日もまたカブったわね。うふふ♡」

娘「ホンマやね〜。なんでやろね〜。」



…突っ込みたいのはこちらである。


こんな二人のやりとりを見ていると、「呉服屋の娘は呉服屋」としか言わざるを得ない。

この部分だけを取り上げると僕は蚊帳の外であり、はたから見ていると家族経営の呉服屋とは実に面白い。

お嬢が年を重ねていくごとに、魅力たっぷりの女将に近づく様が、今から非常に楽しみである。






「下平清人作・沖縄屋根文様」




「下平清人作・さるかに合戦」





親と子が、自ら大好きな作家の帯を締め、お互いを見て笑いあう。これほど平凡でくだらない笑顔もないだろう。しかしそれが何よりも大切で、何よりの幸せだ。

創業祭での一日がこんな日であったことに感謝します。




追記…きもの処あだち67周年創業祭、無事に閉幕いたしました。今回も大多数のお客様のご来店、誠に有難うございました。報恩感謝をテーマに進め、女将の赤字発言はもとより、多くのお客様に良い作品たちを御礼価格にてお届けできたと自負しております。しかし、決して安売りではなく、あだちが抱える本当に可愛い作品たちを、本当に大切な作品たちを提供しました。その作品たちの裏には、決して安売りなどできない職人たちの汗が眠っております。買っていただいてなお、厚かましいかもしれませんが、大事に大事に愛でてやって下さいませ。明日からがまた、来年への報恩感謝への一歩。社長、女将、お嬢、そして僕。こんな家族の呉服屋ですが、どうぞ変わらぬ熱い温情を宜しくお願い致します。


きもの処 あだち一同



67周年創業祭での一日〜親と子〜了





2014年11月9日日曜日

ゴールデンムガ&ナチュラルタッサー



一目見た瞬間に吸い寄せられ、そして思わず触れてしまった。文字通り、固唾を飲む。

その場で生地と遊んで10分は経過しただろうか。

手の甲に生地を乗せ、手のひらで生地を転がし、指先で厚みを感じ、幾度となく、生地の質感を楽しんだ。離れようとしても、独特のまとわりついてくるような手触りがそれを許してくれない。


「なんなんだこれは。こんなものが存在するのか。」


ファーストインプレッションは脳にこのような言葉が現れ、そして喉元をいくばくか固い液体が流れ込んだ。

落ち着いた頃合いに、本来の幼稚な僕の頭で表現するならば、ティッシュに近い感触だ。

それも光沢がある分、なんらかの生命力が感じられる。そして軽い。

厳密に言えば軽いではなく、「軽ささえ感じない」が正しいかもしれない。

もっとこの子を知りたい。そんな欲求が高まる。

手に取ったのは先月号の「花saku」(リンクあり)

そう。10月号には作り手であるメーカー、貴久樹(きくじゅ)さんが特集されているのだ。

ゴールデンムガの説明文にはこうある。要約してみよう。


「ムガ蚕は野生のものなので養蚕(ようさん)は難しいとされる。餌となるのはインドアッサム地方にだけ生息する樹木、ソムとソアレの葉。アッサム地方の森でムガ蚕を採取する。」

「幼虫はアッサム地方特有の気温と湿度のせいで病気になりやすく、ほかの昆虫から攻撃を受けやすいデリケートな蚕だ。そのため、ムガ繭の大量採取は難しく、貴重なシルクといわれてきた。」

「ムガ蚕は4〜6センチの大きさで、最初は白っぽい色合いだが、徐々に黄金色へと変化していく。」

「野蚕(やさん)の糸の繊維は均一ではなく、独特の風合いを持つ。養蚕の糸と異なる大きな特徴は繊維の構造にある。養蚕の繊維はちくわのように中心に穴が一つあるが、野蚕糸はレンコンのように複数の穴があいている。それゆえ軽くて、保湿性、通気性、保温性にすぐれているのだ。」


なるほど。やはり事には理があるものだ。

しかし養蚕と野蚕で異なる繊維の構造への興味は尽きない。

調べて出るものなのか、はてさて人類学では未知の領域なのだろうか。

いや、待てよ。この子の全てを知るにはあまりにも早すぎて、勿体無い気がしてきたぞ。

未だ解明されていない。を知った瞬間に落胆するのが目に見えている。

ならばそっとしておこう。

その方が妄想という旅が面白いではないか。全てを瞬時に知ろうとする自分の悪い癖である。

自分の中でこの部分は、あえて「ゴールデンムガの神秘」として無知のままでいようと思う。

その方がずっとロマンに溢れているではないか。




ゴールデンムガ・インド手刺繍 訪問着




ナッチュラルタッサー 無地着尺


*こちらは緯糸(よこいと)に野蚕糸を織り交ぜています。野蚕糸の中でも特に光沢と風合いに優れた天然のタッサーシルク。独特のシャリ感と光沢が特徴的です。





2014年11月8日土曜日

インド手刺繍 & バティック



どこか温かく、どこか懐かしい。そんな感情を抱く。

それは作り手たちが日本の原風景に近い環境にいるからなのだろうか。

今現在において、図を、絵を、デザインを導き出すことは、指先だけでも出来る。

絵筆を持たず、鉛筆も持たず、ペンを持たずとも出来てしまう。

かく言う自分も、今現在PCに向かい指先を走らせている最中である。


情報過多。


仕事を与えられた者同士が集まり、ひしめき合って熱心に仕事に励む。

座り心地の良いソファーもなく、装飾された壁でもなく、あながちファッションとは無縁の世界だ。

職人たちの世界とは過酷なものである。仕上がりの美しさとは掛け離れた空間だ。

事実、汗も流せば自らを汚すこともある。

しかし、土の香りがあり、樹々の木漏れ日があり、草の匂いがする。

まさに自然が作品に活力を与えているのであろう。

デザインとは裏腹に、その野良風景がより一層の情景を醸し出す。

脳に不要物がないから、一針一針、一染め一染めが実に楽しそうである。


〜〜〜


師がふいに発した言葉に想いを馳せる。


「じろちゃん、職人とはこんなものだよ。僕の作品を見た人に、いかにその先に、前に、過酷な世界があることを知ってもらいたい。その汗や汚れがこんな美しいものに昇華するんだと。伝えていくのが君の仕事だよ。」

ふと、自分と師の体を見てみると、見事なまでに汗だくで、足元は泥だらけであった。

師の工房は自然豊かで、修行中は常に土と草の香りに包まれていたことを思い出す。


ちなみに、昨日YouTubeにUPしたお嬢の黒の振袖は、師が手がけた作品である。


〜〜〜


どこか温かく、どこか懐かしい。そんな感情を抱く。素直で美しい。

遠い地より、心地よい風を僕に運んでくれました。

本当にみんな活き活きし、きらきらしている。そんな表情をご覧下さい。



〜インド手刺繍〜











〜バティック〜










*全て帯地




2014年11月7日金曜日

あだち〜ず振袖舞台



早比楽美装きもの学院 関西本部
「第10回 秋の発表会」




動画をYouTubeにてUPしました。

写真は舞台を終えた後、主力メンバーが訪問着に着替えたところの一枚。

唯一振袖で写っている彼女は、今年が初舞台にして何とお稽古1年目。

初舞台の初々しさはもとより、それを承諾した彼女の度胸に敬意を払いたい。

注目点といいますか、今年の彼女たちの頑張り、見所は何といっても「音ハメ」。

クリップを取る手、帯を撫でる手、帯締めを結び替える手。

何処をとっても自慢の舞台となったようです。

事実、二度、三度見返せば、より一層の阿吽の呼吸が聞こえてきます。

準備から打ち合わせ、音楽を自分たちで決める事から始まる舞台。

何度も見てきましたが、やはり彼女たちは年々素晴らしい経験をしてきたようです。

それだけの風格がある。

自信がある。

「自慢の舞台となったようです。」と、他人事のように述べていますが、事実、僕は彼女たちのマネージャー。

今年も鼻高々でその後の会場を歩き回ったのはいうまでもありません。

ええ。僕もマネージャーとしての風格を出さねばなりません。

瓶ビール片手に、今年もそうそうたるメンバーに注がせてもらいましたよ。


orz


しかし、彼女たちへの誇りという自信だけは年々増加している次第であります。

今年も「あだち〜ず」のみんなに贈ります。

有難う。



*途中、帯を両手に、「パン!」っとあわせる場面が三度あります。その直後に、「パン!きた〜!」と、叫べば、あなたの不満や愚痴もあっという間に消し飛ぶことでしょう。さぁあなたもご一緒に。三度以上見る事推奨。


それでは、どぞ。





おまけw





2014年11月6日木曜日

カンタ刺繍 & Jai Prakash



〜カンタ刺繍〜

波縫いの刺し子や色々な絵を刺繍することをカンタといいます。

西インド、バングラディッシュの代表的刺繍技法で、遠い仏陀時代には釈迦が貧者から捧げられたぼろ布を寄せ集めて作られたといいます。

ヒンズー教でも回教でも聖者がカンタを身にまとったといわれ、それが庶民の間で脈々とうけつがれ、素晴らしいデザインに高められました。

戦乱や貧困の中で時間のかかるカンタはほとんど消滅寸前でしたが、バングラディッシュの独立後、女性の自立を促す運動の一環として見直されています。











インド人間国宝 細密画家
〜ジャイ・パラカシ〜




代々細密画を家業にする家に生まれ、視力は驚きの6.0を誇る。

インド美術界を代表する天才細密画家。

インドを訪れる国賓に贈呈される肖像画はほとんどが彼の製作によるもの。

近年欧米での評価が高まっている。

1998年にインドの人間国宝にあたるナショナルアワードを受賞している。

細密画…まだ写真技術の無かった時代、インドの王侯貴族が肖像画や宮廷行事の記録を残そうと描かせたのがはじまりといわれています。

細かい表現をするため、リスの毛数本の筆などで描かれ虫眼鏡でないと細部の表現は見えないほどです。


*全て帯地


2014年11月5日水曜日

ピダン



〜カンボジア伝統絹絵絣「ピダン」〜

ピダンはカンボジア社会に深く浸透した信仰と宗教的実践に基ずいた織物です。

カンボジアは人口の9割が上座仏教(テラヴァ仏教)を信仰していますが、宗教的な世界観は世界文化遺産アンコールワットに象徴される様に、かつてのヒンドゥー教の名残や土着の神々などが様々に融合し、人々の日常生活に混在しています。

この絹絵絣がピダンと呼ばれるのは、お寺の天井に飾られ、カンボジア語で天井をピダンと呼ぶことに由来します。

内戦前、人々はお寺にピダンを奉納し、お盆、結婚式、葬式などの仏教儀式の時に飾りました。

お寺では本堂の内陣を囲むようにさげる、あるいは正面の天井に吊るす、または仏像の背後に吊るしたりして使われます。

ピダンは心をこめて制作し、仏に奉納する気持ちからつくられました。

ピダンが仏像を守る「覆い」となるのと同様に仏が自分を守り、無病息災、平穏無事に生きることができるよう仏が助けてくれることを願いつくられたものです。


〜ピダンの歴史〜

古代(6〜14世紀)にピダンが使われたことを裏付ける証拠はわずかながらも存在します。

プレア・ヴィヒア遺跡を始めとするいくつかの遺跡や碑文や遺物にわずかな証拠が残っているのである。

中世(15〜19世紀後半)の碑文には、奉納するピダンの制作について数多くの記述がある。

アンコールワット碑文では「ピダンを裁つ」という言葉が使われているので、これらのピダンは布のピダンではあるが、絹か普通の布か明確ではない。

今日使われているピダンは絹製もあれば普通の布製もある。

さらに「ホールピダン」と呼ばれるもう一種類の絹布がある。

ホールピダンは仏教で用いる絹織物を指し、信仰や宗教に関する様々な絵柄が取り上げられている。

古代の布製ピダンの多くは、おそらく宗教に関連する絵柄を織り込んだ絹製であり、このことが今日までピダンという言葉が残っている原因となっているのである。


〜ピダン復興への取り組み〜

認定NPO法人「幼い難民を考える会」は、タイにあったカオイダン・カンボジア難民キャンプで、1980年から1992年まで、生活自立のための保育センター「希望の家」を運営、支援し、難民自身が織り機をつくり、織物経験者が指導して1981年より織物教室を始めました。

1992年、難民キャンプが閉鎖されるにあたり、1991年にカンボジア国内で幼い子供の健全な成長と女性の生活向上を目的に保育事業、1993年に織物事業を始めました。

そして現在はタケオ州に開設した織物センターで、地域の女性を対象に草木染めや伝統絹絵絣ピダン研修などの織物技術訓練を実施しています。


〜〜〜


いやはや丹念に作られた生地とは本当に美しい。

お世辞にも日本のそれとは違い、生地端も不揃いで、絣もいくばくかぼやっとしている。

上記の通り、織物訓練の歴史はまだ浅い。それに起因するのであろう。

しかしこちらにはない文様を表現している作品であり、その味も、表情も、いつまでたっても僕の目を飽きさせない。

ぼやっと感がたまらなく斬新であり、潤いを与えてくれる。

色もまた然り。アーモンド、タリマンド、ユーカリ、プロフーの樹皮、紅の樹の実、黒檀の実、カイガラ虫の巣。

日本で行われる草木染め、同じ植物であったとしても、風土が違えば媒染剤も異なるはずだ。

そこにすら想像で旅をしてみるのである。


みんな、実に良い顔色をしているではないか。












*全て九寸帯地